こんにちは、Tomoです(^^)
今日も「Tomo’s Walking Discovery」にお越しいただき、誠にありがとうございます!
2019年11月6日、マーシーこと田代まさしさん(本名:田代政)が麻薬覚醒剤の所持で5度目の逮捕となりました。
この方、麻薬覚醒剤以外にも、盗撮、のぞき、交通事故で3回の逮捕歴があり、散々な人生を歩んでいます。
「またか!」と世間から見放される一方の田代まさしさんですが、
その悪行に対する報いは当然として、芸能界の闇に引きずり落された彼を、僕はどこか彼が憎めないのです。
今回は、そのような過去は抜きにして、彼の輝かしい過去を振り返ってみたいと思います。
こう振り返ると、芸能界の宝だっただけに、本当に不祥事はもったいな~と思ってしまいます。
田代まさしと鈴木雅之との出会い
田代まさしさんはご両親と兄の4人家族。
1956年8月31日にお母さんの故郷の佐賀県唐津市で生まれます。
出生後まもなく、キャバレーのチェーン店を経営していた父親の浮気で両親は離婚しています。
母親に引き取られ、小学校入学直前に東京都新宿区に移住しています。
田代さんが13歳の時、お母さんが再婚したため、お父さんと再婚相手の女性と一緒に住む事となったが、
上手く付き合うことができず、そこから徐々に不良になり、酒・煙草・シンナーに手を染めていったようです。
田代まさしさんは、高校は芝浦工業大学高等学校機械科に入学。
高校に入学してすぐ、田代さん以上に不良だった歌手・鈴木雅之さんに出会います。
当時から、ソウルミュージック好きだった田代さんと鈴木さんはすぐに意気投合。
田代さんは自分の家に帰りたくない思いもあって、よく鈴木の家によく遊びに行き、家族同然にかわいがられていたようです。
ですが、高校生になってからも中学生時代からの不良ぶりは変わらず、ケンカ、暴走族、ディスコ、ナンパに明け暮れ、
傷害事件で警察沙汰になったこともありました。
田代まさしの歌手経歴
鈴木雅之さんは、高校在学中にドゥーワップグループ結成を決意して、高校を中退。
実家の工場で働きながら、歌やダンスの練習をして、その流れに田代まさしさんもその流れにのってグループに加わることになりました。
1975年に“黒人の演歌”ドゥーワップグループの「シャネルズ」を結成。
桑野さんは鈴木雅之さんの幼なじみ。ほかのメンバも皆、鈴木さんの中学、高校時代の同級生など身内の仲間を集めたメンバー構成になっているのが特徴的ですね。
そして、メジャーでのデビューシングル「ランナウェイ」がいきなり110万枚のミリオンセラーでオリコン1位となりました。
前列の左から、佐藤善雄さん、田代まさしさん、鈴木雅之さん、久保木博之さん。
そして、田代まさしとお笑いでも名コンビだった、「クワマン」こと桑野信義さんもこの頃からトランペット担当で参加していますね。
「ランナウェイ」の後も、2枚目の「トゥナイト」もオリコン3位となり、連続の大ヒット。
ただし、メンバー10人のうち5人(久保木・桑野・新保・山崎・須川)が埼玉県青少年保護育成条例違反(わいせつ行為)の疑いで
書類送検され、シャネルズは半年間謹慎で活動停止に。
しかし見事に復活を遂げ、1981年2月発売の3枚目のシングル「街角トワイライト」も72万枚でオリコン1位。
バスボーカル担当の佐藤さんが「ボン、ボン、ボン、ボ、ボーボボボボボボボ」って、甘いマスクと低い声がとてもかっこよくて人気がありました。
そして、4枚目の「ハリケーン」もオリコン2位の大ヒット!
すっかり日本で大人気のグループとなりました。
その後も、5枚のシングルを出し、全てそれなりにヒットしましたが、ベスト10までには入らず。
1983年4月に心機一転、心を入れ替え、「ラッツ&スター」に改名。
ローマ字にすると「RATS&STAR」。前から読んでも後ろから読んでも同じなんです。
「もともと京浜工業地帯の働く仲間がドブネズミみたいに這い上がってきたグループ。もう一度、原点に戻って星をつかもう、スターになろうという気持ちを込めた」と鈴木雅之さん。
シャネルズから数えると10枚目のシングルとなる「め組の人」も62万枚セールスの大ヒット曲となりました。
この曲が一番後世に残っている曲かもしれませんね。
そして、1996年の最後の18枚目のシングル「夢で逢えたら」もオリコン8位のヒットとなっています。
この年は大晦日の紅白歌合戦にも初出場しています。
田代まさしのお笑い経歴
1986年に志村けんさんにそのお笑いセンスを見出され、タレント、コメディアンとしても活動開始します。
「志村けんのバカ殿様」「志村けんのだいじょうぶだぁ」での志村さんとのコンビは最高でした。
加藤茶さんを除けば、今までで志村さんの一番のパートナーだったのではないでしょうか!
「笑っていいとも!」の火曜日レギュラーも1年間務めましたし、「なるほど!ザ・ワールド!」といった人気クイズ番組にもレギュラー主演、お茶の間で見ない日はないくらい活躍されていました。
当時は、「ダジャレの帝王」、「ギャグの王様」、「小道具の天才」との異名を持つほどの大人気。
全盛期の田代まさしさんの年収は1億!
事前に考えたギャグも得意で、生放送のトーク力も抜群!、MCも上手くこなせる。
そして演技力もありましたので、ドラマにも何十本も出演。
映画監督もしています。
芸能人としての全ての才能を持っていて、当時はテレビから引っ張りだこ。
「それゆけ!マーシー(TBS)」「田代まさしのオイシイじゃん(フジ)」など名前の付いた冠番組もたくさんありました。
さらに、原宿竹下通りに「マーシーズ」、清里高原にタレントショップも開いていました。
ただし、普段は大人しい性格なので、そのギャップにストレスを抱えていたと思います…
最後に、こちらに、いくつか当時の動画をまとめてみましたので、
お時間があるときに、田代さんの才能を担当してください!
■「志村けんのバカ殿様
田代さんが志村さんの面白さを上手く引き出していますね。
■森永ぬーぼー CM
数あるCMの中でも印象深いのはこのCMですね。
■田代まさしのパラダイスGoGo!!
田代まさしさんがMCを務めていた頃の動画がありましたので、載せますね。
見事なMCぶりが分かると思います。
貴乃花の奥さんだった河野景子さんや、ヒロミさん、
三浦理恵子さん、羽田恵里香さんが初々しいです。瀬能あづささんも映ってますね。
■ものまね王座決定戦GoGo!!
■田代まさしのおいしいじゃん
キムタクの奥さんの工藤静香さん、中山美穂さんの妹の中山忍さんがゲストです。
まとめ
いかがでしたか?
田代まさしさんは逮捕でいろいろ騒がれ、注目を浴びていますが、
ここまで騒がれているのは、このような素晴らしい活躍があったからこそ!というのが、
若い世代の方にもご理解いただけたのではないかと思います。
それでは、最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました!