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横浜銀蠅は実は真面目で大学出身の高学歴!文武両道のツッパリ集団!

 
こんにちは、Tomoです(^^)

今日も「Tomo’s Walking Discovery」にお越しいただき、誠にありがとうございます!

1970年代後半から1980年代前半にかけて、暴走族、校内暴力などが全盛の時代、1980年に彗星のごとく現れて、伝説を作ったツッパリバンドグループの横浜銀蠅の4人。

横浜銀蠅のメンバー、嵐、翔、TAKU、Jonnyの4人は、バリバリの不良中の不良だと思われがちですが、実はツッパリながらも真面目で高学歴なんです。

ということで、横浜銀蠅の4人の学歴とツッパリ経歴について中心に調べてみましたので、さらりとご覧になって頂ければと思います(^^)

横浜銀蠅は全員大学出身の高学歴!

横浜銀蠅は実は真面目で大学出身の高学歴!文武両道のツッパリ集団!

横浜銀蠅に正式名称があるんですけど、知ってます?

「THE CRAZY RIDER 横浜銀蠅 ROLLING SPECIAL」っていう長い名前なんです。

横浜銀蠅のメンバー4人について、向かって左から簡単なプロフィールと学歴を紹介します。

 
■TAKU

横浜銀蠅は実は真面目で大学出身の高学歴!文武両道のツッパリ集団!

本名:秋葉卓志、生年月日:1960年9月22日(60歳)
ベース担当。
中央大学杉並高等学校を卒業、中央大学を中退しています。
作詞作曲編曲家として銀蝿一家の作品の他、中森明菜、三原順子をはじめ銀蠅一家の岩井小百合や、おニャン子クラブ等のアイドルの作品も手がけています。

 
■嵐

横浜銀蠅は実は真面目で大学出身の高学歴!文武両道のツッパリ集団!

本名:田宮淑行(よしゆき)、生年月日:1955年4月15日(65歳)
ドラムス担当。神奈川県横浜市戸塚区出身。横浜銀蠅のリーダー。最年長者で翔さんの実兄にあたります。
相模工業大学附属高等学校を卒業、関東学院大学を中退しています。
キャンディーズの「ランちゃん」こと伊藤蘭のファンだったことから、「嵐」を名乗っています。
現在も嵐レコードの社長兼横浜銀蝿のドラムとして活躍しています。

横浜銀蠅の代表曲「ツッパリHigh School Rock’n Roll(登校編)」は嵐さんが作詞・作曲、試験編も作詞は翔さんですが、作曲は嵐さんです。

 
■翔

横浜銀蠅は実は真面目で大学出身の高学歴!文武両道のツッパリ集団!

本名:田宮将吉、生年月日:1958年6月8日(62歳)。
ボーカル・ギター担当。神奈川県横浜市戸塚区出身。
横浜市立舞岡中学校、神奈川県立柏陽高等学校、関東学院大学を卒業しています。
楽曲の多くに作詞・作曲で名を記す。メインボーカリスト。
過去1997年、1998年、2003年に覚醒剤使用で逮捕されたことで、タレント業は大幅に縮小し、音楽に軸足を置いた活動をしています。

 
■Johnny

横浜銀蠅は実は真面目で大学出身の高学歴!文武両道のツッパリ集団!

本名:浅沼正人、生年月日:1958年5月9日(62歳)。
リードギター担当。
神奈川県立柏陽高等学校、神奈川大学を業しています。
横浜銀蠅として活動中もソロでレコードリリースなどの活動をしていて、1982年には『ジェームス・ディーンのように』がトップテンで1位を獲得する程のヒット曲になりました。


Johnnyは、メンバーの中で唯一髭を生やしてなく甘いマスクで、メンバーの中で一番女性から人気がありました。
バレンタインデーにはトラック何台分もの大量のチョコレートが贈られてきたほど!
2013年7月からは、キングレコード上席執行役員と兼務で関連会社のベルウッドレコードの代表取締役社長に就任しています。

そして、賀来賢人さん主演のドラマ「今日から俺は!」の主題歌で、元は嶋大輔さんの楽曲だった「男の勲章」はJohnnyさんが作詞・作曲した曲です。

あれだけ、ギンギンにツッパっていながら、実は4人とも大学に進学していたとは驚きですよね!

また、4人とも作詞・作曲など音楽に対しても長けていて、それぞれ横浜銀蠅以外でも音楽活動をしているというところも、とても魅力的なところだと思います!(^^)




横浜銀蠅は本当のツッパリだった?実は真面目?

横浜銀蠅は実は真面目で大学出身の高学歴!文武両道のツッパリ集団!
引用元:Area-TAKU

横浜銀蠅は全員、横浜の不良出身ということから、ツッパった若者達の率直な気持ちを代弁した歌詞が共感を呼び、人気を獲得しました!

でも、4人とも大学に進学しているため、「本当は真面目なんじゃないか?」「ツッパリは嘘で演出?」という噂も良く流れてきます。

 
当時、横浜銀蠅と鈴木雅之さん、田代まさしさん、桑野信義さんら所属していたシャネルズ(のちにラッツ&スター)はお互いの元不良同士で仲が悪いとうウワサがながれていて、
「ザ・ベストテン」などで共演していたシブがき隊のフックンこと布川敏和さんは、

「シャネルズは歌い終えてソファーに座っていて、その後に銀蠅の翔さんがMCで大学の話をされていた。すると後ろから『へえ~、ツッパリなのに大学に行くんだ』って冷やかな声。シャネルズのほうが“本物”で、銀蠅の皆さんが歌いにくそうでしたね」

というコメントを残しますしね~。

 
それで、本当のところはどうなんでしょうか?

横浜銀蠅のメンバーは学生のころからツッパっていながらも、真面目に勉強をしていたというのが正解ですね(^^)

 
嵐さん、翔さん、Johnnyさんは中学時代からリーゼントでビシっと決めていたようですし、TAKUさんも「高校入試の際に、リーゼントに して行ったら 面白いかも」という理由で、高校入試の直前に、リーゼントにしたそうです。

また、嵐さん、翔さんの兄弟は高校時代、学生鞄に、赤テープを巻き付けて、バイク通学。

暴走族にも入っていて、車にハコ乗りして旗持ちをやった事もあるそうです。

銀蠅のデビューシングル「横須賀Baby」のB面「ぶっちぎりRock’nRoll」のイントロのSE(バイクの効果音)は、翔さんの高校生時代の族仲間に協力で、狭い倉庫の中で、100台のバイクを走らせて、録音した音です。

 
嵐さんの話によると、ギンギンにツッパていましたが、翔さんは暴走族仲間と遊んだあとは、帰宅して毎晩徹夜で勉強していたそうで、高校時代も成績はトップレベルだったそうです。

また、翔さんは中学時代、神奈川県では高校進学に大きな影響のあるアテスト「アチーブメントテスト」で、250点満点で200点以上とれば、トップレベルの高校に入れるのですが、220点の高成績を残しています。

 
なんでも、メンバー4人とも「不良は 落ちこぼれで どうしようもない」という世間でのレッテルを張られるのが嫌で、不良と勉強を両立し「勉強の出来る不良」をしていたことが横浜銀蠅の大きな魅力です!(^^)

 
このツッパリながらも真面目なところは、横浜銀蠅のコンサートでも貫いていて、演奏前に「マナーやルールは守れ!」とファンに投げかけてから演奏していたこと。

確かに「ツッパる」ということは、自己表現の1つであって、落ちこぼれになることではないですからね。

当時の若者たちの憧れになるのも当然だったのかもしれません。

でも、本物の不良少年達の間では、矢沢栄吉さんの「キャロル」、舘ひろしさんの「クールス」、宇崎竜童さんの「ダウンタウンブギウギバンド」、IKURAさんの「ムーンドッグス」が好まれて、横浜銀蠅はニセモノ扱いされていました。

横浜の不良たちからは「あんなダセー奴らは横浜にいねーよ」と怒りを爆発させていたともいわれています。

ツッパリにもいろいろなスタイルがあるということですね!

まとめ

いかがでしたか?

横浜銀蠅は見せかけだけの演出とか、ニセモノとかいわれていますが、彼らの経歴をみれば、学生時代から十分にツッパっていた事実がありました。

何が本物で何がニセモノなのかは「不良」、「ツッパリ」に対する捉え方で変わってくるのだと思います。

それでは、最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました!